山梨大学6年のT君の実習日記

   

山梨大学山縣教授より塩山診療所の古屋先生をご紹介いただき、2003421()より424()までの4日間、同診療所にて実習をさせていただくことができました。地域医療の現場を見る貴重な経験となりましたので、その実習の主な内容をご報告します。

 

< 外 来 >

 患者さんは「めまい」、「嘔吐」、「慢性咳」などのありふれた症状を訴える。しかし「どうするの?」と聞かれると私には答えが浮かばない。鑑別診断も不十分で、まして治療法となると「経過観察」ぐらいしか思いつかない。まさにやぶ医者。「クローン病」と言ってもらえれば、頭に浮かぶ事もいくつかあるが、「めまい」と言われても… 症候からのアプローチがまるでできない自分をよく認識した。

 もう1つの収穫は、全人的アプローチの必要性を痛感したこと。大学での実習では、暗黙のうちに「器質的な病因を除外できたら一安心」という雰囲気であった。しかし、病因が器質性のものであろうが心因性のものであろうが、患者さんが苦しいことに変わりはない。言われてみれば当然のことだが、実感がわいていなかった。「悪いとこないですから、気のせいだよ、よかったね、わっはっは。」で患者さんの痛みが消えてくれればいいのだが、実際はそうもいかない。不安やストレスからくるめまいや痛みの患者さんと向き合うには、患者さんの背景や環境を把握している地域の診療所が適任であろう。めまいや痛みに苦しむ患者さんを目の前にすると、その任の重要性は難病と向き合う大学病院の医師に比べなんら遜色ないものと断言できる。「病気だけしか見ずに人を見ない不十分さ」を実感できた。

 

< 訪 問 診 療 >

 塩山診療所の目玉は訪問診療です。

 Aさん宅:立派なお宅で広い玄関の床はピカピカ。寝たきりで意識もはっきりしないおばあさんを娘とお嫁さんの2人を中心に家族全体でみている。明るく清潔な部屋からもおばあさんがいかに大事にされているかがわかる。あごがはずれた!、お腹に固いものものがある!などなど、古屋先生の出番も多い。胃ろう+点滴の状態で、将来的にはIVHも必要となるかもしれない。無理やり栄養を与えて生かしているだけと批判をされそうだが、このご家庭においてはその批判は的外れだろう。家族が喜んで介護しており、おばあさんも喜んで介護されているのが私達にも伝わってくる。なんと理想的な介護だろう!経済的な余裕、豊富なマンパワー、おばあさんへの愛情、家族仲の良さといったものに、熱意ある訪問診療が加わるとこんなにも理想的な介護ができる。良く覚えておきたいご家庭であった。

 Bさん宅:玄関は一見立派。持参したスリッパを履くようにとの古屋先生の指示がまだ飲みこめない。しかし、奥に入ると様子は一変した。今にも抜けそうなふにゃふにゃの畳、降り積もる埃、飛び回る小蝿、つやの悪い黒猫が私に毛を逆立てる… こたつではだんなさんが私達には無関心に顔を覆って寝ている。北側の日の当らない真っ暗な部屋からは汚れた髪を振り乱した奥さんが、歩行器を使い危なっかしく出てきた。排泄に失敗し、古屋先生が着替えを手伝う。食べるものが尽きているので、当座の食

料を差し入れる。なんとも切ない。行政からも地域社会からも見捨てられていた。将来地域医療に携わることになったとしても、このような家庭に積極的に関わっていける自信が私にはなかったので、診療所に帰った後、古屋先生に話を伺った。「お金がないから、知的能力が劣るから、対人関係に問題があるからといって、社会的に不公平な扱いを受けることが許せない」とのこと。先生の訪問診療の理由が一つ理解できた。

 なにかと考えさせられることが多かった訪問診療でした。医療に限らず、福祉、家族、近所付き合いといった社会全体について考える材料となりました。「自己責任」という言葉でなで切ってしまう傾向のある私ですが、この訪問診療で得た経験は、今後私が自分なりに考えていく上で貴重な判断材料となりそうです。

 

< 出 張 診 療 >

 塩山市の中心にある塩山診療所から月に2回、山奥の集落に出張診療に出かける。先生+事務の方+看護士さんの3名で薬からAEDまでをミニバンの後ろにぎっしり積み込んで車で1時間強、よくもこんなところに道を作ったものだと感心していると、突然お目当ての集落に到着。総戸数20戸程度で、お年寄りが多数を占め、1人暮しの方も少なくない。この訪問診療がこの集落の人々に与える安心感ははかりしれないものだろう。採算は取れずに手間隙もかかるが、なんとやりがいのある仕事か。それにしても道中の山の美しさには先生のお話も上の空でうっとりしてしまいました。全く失礼なやつで…

 

 古屋先生のご活動に賛同して訪れる実習生が多い中、私は単に「山縣先生に紹介されたから」という安直な理由で実習をお願いしました。しかし、初日が終わった段階で、「これは!」という、まさに鉱脈をつかんだような感触を得ました。なかなかの不勉強であった私にも辛抱強く問いかけ、考えるきっかけを与えてくれた古屋先生には、感謝の言葉もありません。

 4日間という短い期間でしたが、地域医療、プライマリケアの実際を垣間見ることができ、大変充実した実習となりました。桃の花が咲き小鳥がさえずる塩山の山並みも美しかったです。古屋先生をはじめスタッフの方々全員に親切に迎えていただき、楽しく且つ有意義な実習を行うことができました。皆様方に心よりお礼申し上げますとともに、塩山診療所の益々のご発展と古屋先生の一層のご活躍をお祈りしております。